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◆東洋の叡知◆ 1/4

今日は仏教のお話です

仏教には、カルマという教えがあります。時々、カルマというと、何か迷信じみたもののように感じている人もいるようですが、実際には、カルマというものは、何か物事が起こる時には必ずその原因があり、それが条件が揃ったことによって結果が訪れるという、とても科学的な考え方と言えそうです。それは、何らかの病気に当てはめて考えてもわかりやすいかもしれません。何かの病気にかかったとき、現代では、そのすべての病の原因を...

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ナイラートミヤー女神

2009年に上野の森美術館で『聖地チベット~ポタラ宮と天空の至宝展~』という題目でチベット展が行われていました。そのチベット展には行っているのですが、その時の様子はこのブログには書かなかったようで、記事を見つけることができませんでした。そこには、とても素晴らしい仏像が数多く並び、チベットを近くに感じることができた嬉しさと同時にそこにあった展示品は、おそらくは中国軍がチベットから強引に略奪した、いわゆる...

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花粉症と心の働き

箱根は、東京に比べれば空気が綺麗で、とても気持ち良く過ごせるところです。冬は、寒いときには最低気温がマイナス10度になったりしますが、その分、澄んだ空気が遠くの山々までくっきりと見せてくれて、その冷たい空気に、気持ちよさを感じてしまいます。しかし、ここは杉とヒノキの樹木を多く含む森の中。暖かくなってくると、それらの花粉が飛び交い始めます。まるでホコリや煙のように、風に舞って飛んでいるのが目に見えるほ...

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夢の意識、意識の階層

時々、「どうしたら、ちゃんと夢を覚えていられることができますか。」と、聞かれることがあります。夢を記憶するテクニックというものはいろいろあるけど、テクニック以前に、意識の問題というものがとても大きいような気がします。極端な話では、意識が物質的なものに執着しすぎたり、現実的なことだけに、とらわれ過ぎてしまうと、どうしても、夢を記憶するのは難しくなります。その理由は、意識の構造というものがわかれば理解...

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新しい時代へ向かっての意識の統合

今回の大きな変容のとき、いったい私たちに何が求められてくるのか。そんなことに意識を合わせてみると、『統合』という言葉が感じられてきます。相反する二つのものの統合。古いものと新しいもの、男性性と女性性、白と黒、動と静、直観と論理、天と地、陰と陽、光と影、善と悪、無と有、…、等々。相反する二つのものは、とかく対立するもの。しかし、そんな対立する二つのエネルギーが統合を果たしたとき、そこには、今までには...

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私は誰か

ここ最近、バタバタしていたせいもあって、ちょっと心がヘロヘロ気味でした。でも、そんなとき、心の中にフッと『私は誰か』という言葉が浮かび上がってきたとき、何故か、ウツウツ、ヘトヘトの心がすっと晴れてきたんです。なんでだろ。そういえば、『私は誰か』という瞑想法を残した人に「ラマナ・マハルシ」という人がいたなーと思い、ちょっと調べて見ると、こんなステキな言葉が。あなたの本性(真我)は、たとえば映画のスク...

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チベットの恐怖の神々

ちょっとボーッとしながら、光と影という言葉から連想を膨らませていたら、チベットの平和の神々と恐怖の神々のイメージが出てきました。といっても、なんとなく、今までの私個人の感覚では、ニュアンスが少し違うように思う部分もあったのですが、でも、よくよく考えてみると、恐怖の神々って、もしかしたら、神々の影の部分にあたると言えるのかもしれないなぁ、なんて、そんなことを考えたりしていました。と、その前に、平和の...

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トンレンの瞑想

関東の方は、だいぶ杉の花粉がなくなってきたようで、杉の花粉に悩まされていた人たちは、だいぶ楽になってきているようですね。(といっても、次はヒノキの花粉が来ているようですが、ヒノキの花粉症の方たちは、くれぐれもご自愛ください)かくいう私も、今年は例年になく、花粉に悩まされてしまいました。ヒノキの花粉にはあまり反応しないようで、今はもう大丈夫なのですが、花粉がピークかなと思うときに、夫が仕事先からいた...

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自分自身へ向けた慈悲の瞑想

昨日書いた、トンレン(慈悲)の瞑想を行っていると、私はどうしても、いろんなものが色に自然と変換されてしまうようで、他の人の苦しみとともに息を吸うというところでは、黒い煙のようなものを吸い込むイメージになり、癒しや愛や温もりとともに息を吐くところでは、白銀の光が一緒にはき出されるようなイメージが出てきてしまいます。でも、それと同時に、私の背後というのかな、私の中に、いつも守護してくれる方が出てきて、...

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如意宝珠-慈悲の祈り

今朝、起きてみると、今日は昨日よりもエネルギーが軽くなっているように感じました。地震の当日と、その前後は、アパーナ気と言って、人の下半身に位置する気というかエネルギーがあるわけですが、これがとても強く、下に引っ張られる感じが、ずっとあったのです。この気がネガティブに働けば、人の怒りや恨み、嫌悪、といったような感情が強く動くことになります。また、場合によっては、本人は気づかなくても、そういった感情を...

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供養の瞑想の意味について

仏教では、私たちの苦しみの根本を、大きく三つに分けることができるとしています。それを、三苦(さんく)と呼びます。三苦については、ずっと以前に書いたものがあるので、ちょっと言葉が乱暴なところもありますが、参考にしてみてください。>>三苦についてですが、とりあえず、その内容を、ここでも簡単に書いておきます。まず、三苦とは、「苦苦(くく)」、「壊苦(えく)」、「行苦(ぎょうく)」の三つがあります。そ...

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供養の意味

先日、供養の瞑想について記事を書いたら、まずは、供養という言葉の意味というか、定義についてのお問い合わせがありました。そういえば、確かに、日本の民間信仰で使われている供養と、チベットなどの仏教で使われている供養という言葉の意味って、ちょっと違ってるなぁということに、改めて気づいたので、供養という言葉の意味と、供養そのものの意味を、もう一度、私の中でも整理しながら、書いてみたいと思います。元々の供養...

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アーサナ

ここのところ、ちょっと体調がすぐれなかったので、アーサナなんてものを再開してみました。アーサナとは、ヨーガの体操のこと。ヨーガと言っても、今はいろんな種類のものがありますが、私は、ハタヨーガ系統の、呼吸法とともにゆっくりとした動きで行うものをやっています。パワーヨガは、あまりにも動きが激しすぎて、私には、ちょっと向かないようなんですね。(汗)本当に、最近は、歩くくらいしか身体を動かすことをしないの...

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