81番のボトルを使って何日かたちました。
シェイクしてうなじにつけてみたり
このボトルの使用部位が下腹部のまわりとあったので
そのあたりにすり込んでみたりとかしています。

で、変化を感じたのが
下腹部のまわりにつけてみたとき。

つけてからしばらくして
下腹部のところに痛みを感じました。
ちょうど第2チャクラである
スヴァディスターナチャクラがあるところです。

このチャクラは性器にあるチャクラといわれていて
ここに痛みを感じたということは
チャクラの浄化が起こってるのかなと思いました。

そのとき
このボトルを2番目に選んだときの意味合いである
女性的なエネルギーを否定しているって
こういうことなんだって感覚的に感じました。

ただ、ほんとにまだ感覚的に感じただけなので
うまく説明することはできないんですけども…

だけど、まだ使いはじめてからほとんど日がたってないのに
いろいろ現象は表れてくるものなんだなって
かなり感心してます。

もう少ししたら、あるがままの自分を
愛するってどういうことなのかわかってくるのかも
なんて、ちょっと期待もしています。

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うちのせーリー君は、爪とぎは決められた爪とぎでしかしないし
テーブルの上など、ここは上がっちゃだめって言えば
ちゃんと言うことを聞く、とてもいい子ちゃんです。

そう、ただ一点を除けば…。

その一点とは、せーリー君は○んちの後や
お尻がむずむずしたときなど、お尻を地面にすりつけて拭く癖があるのです。
それはそれでかまわないのですが、場所を選んでくれないのです。
飼い主としては、段ボールをあちこちにおいて
ここで拭いてよと提示しているのですが
その段ボールも利用はしてくれるものの
ある時は畳の上や、ひどいときには人のお布団の上とかにも…。

ただ拭いてるだけならいいんだけど
○んちの後などは、そこに茶色い模様と香りを残してくれるわけです。

で、そういうときは、「もう、だめ!」と叱って
大げさに掃除をはじめるわけですけど
いっこうに直る気配がありません。

そんなとき、テレビでブタちゃんに芸をさせて、
それを観客に見せて商売にしている人が出ていました。
その様子を見ていると、普段は普通に話をしている人が
ブタちゃんが、ちゃんと芸ができたとたんに
ブタちゃんに駆け寄り腹這いになって、ブタちゃんと同じ視線で
「ええこやな〜〜〜〜」
と、ほとんど叫ぶように言いながら、ブタちゃんを、なでくり回していました。
そのときのブタちゃんの、ちょっと誇らしげな顔。
見ていて微笑ましかったです。

それから数日して、せーリー君が、きちんとこちらで用意した
段ボールの上で、お尻を拭いているのを発見しました。
そこで、私もやってみました。
せーリー君に駆け寄って
「ええこやな〜〜〜〜〜」と、なでくり回したわけです。
側でみていたダンナも、すぐさま仲間入りして
二人でなで回し、褒めちぎってみました。

そのときのせーリー君は、何が起こったのか理解できないような顔をして
ただ唖然としているように見えたのですが
それからしばらくは、せーリー君が、ちゃんと段ボールで
お尻を拭いているのを見つけたときは
こちらがなにをやっていても、めんどくさがらずに駆け寄って
なでくりまわしの、褒めちぎりをやってました。

すると、あれほど、どこででもやっていたお尻ふきが
段ボールの上でしかやらなくなったのです。
もう、いままで何年も悩んでいたのが嘘のよう。

いままでは単に褒め方が足りなかったんですね。
相手にわかるように、全身で褒めてあげれば
ちゃんと、やればできる子に変身してくれました。
いままでの、自分の愛情の薄さに反省した出来事でした♪

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
少し前にテレビで、日本人は食料の40%を
捨てているという話を聞きました。
この40%という数字は、あまりにも大きな数字だと思います。

現代は飽食の時代だと言われているけれど
それは日本と、あと、わずかな国だけの現実でしかないと思います。
実際には、この地球上では約6秒にひとりの人間が
飢餓で死んでいっているらしいのです。

また、実質問題として、地上での人工が増えすぎてしまって、
いまの地球の資源では、すべての人間を養っていけないという事実は
もう何年も前から語られていました。

そして、人ひとりが生きていく上で
いったい地上の生き物のどれだけの犠牲の上に
私たちの命が続いているのかということを考えると
40%もの食料を捨てているという現実は
人として、とても悲しいことだと思います。

といっても私自身も
ほとんどの食事は残さずに食べてはいるけれども
お釜の脇にこびりついた米粒は、そのまま流しているなぁと
この話を聞いて、改めて反省しましたけれども…。

子供の頃はよく、戦後の時代を生きてきた父親から
「一粒の米を粗末にする奴は、一粒の米に泣くんや」
と、言われ続けてきたけど
親元を離れてからは、そんな言葉を聞くことはなくなりました。

もっともっと謙虚になることを覚えないと
このままでは日本人は、大きなばちがあたってしまいそうで
なんだか怖いなと、時々、ふと感じることがあります。

(ばちがあたる、なんて言葉も、最近では聞かなくなりましたね)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ここ数日、南の窓を開けると
とてもいい香りがします。

犯人はこれ?

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うちのすぐ後ろには川が流れていて
その向こう岸は小高い山になっているのですが
その斜面に、見た目はちょっと地味な
この花が
こんな感じで咲き誇っています。

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アロマをやっていても、植物の名前はほとんど知らなくて
この植物の名前もわかりません。(涙)

でも、名前も知らない野生のこの植物が
毎日、風に乗せて
幸せを運んでくれているのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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"es"[エス]被験者求む

この映画は、1971年にスタンフォード大学心理学部で
実際に試みた実験が映画化されたものです。
耳を疑うような信じられない結末に、
この映画を観たのはもう数年前にもかかわらず、
今でも時々この映像が頭をよぎることがあります。
とても重い話になるので、
そういうのが苦手な人は、この記事を読むのはスルーしてください。

私は、心理学にも興味を持っているので、その手の本を時々読んでみたり
興味の持てそうな先生の講演があれば、足を運んだりすることがあります。
この映画も、そういうきっかけで知ることとなりました。

この映画での実験は、被験者を新聞広告で24名募って
その人たちを「看守役」と「囚人役」に分けて、
そういう状況が、それぞれの人にどのような心理的影響を与えるかを
実験したものでした。

しかし、結果は、権力を持った看守役の人たちが
実際には何の罪を犯していないにもかかわらず、囚人役という
役柄だけで卑屈になっていった彼らを暴行し、集団殺人にまで
いたらせてしまったという、おそらく初めに誰も予想していなかったような
惨事が繰り広げられてしまったのでした。

当然、この実験は、この一回限りで打ちきりとしたために
この看守役の人たちが、潜在的に犯罪者の素養を持っていたとも
考えることができるでしょう。
しかし、看守役になった誰もが、その状況を止めなかったということを
考えると、集団心理の恐ろしさをまざまざと感じてしまいます。

また、この実験がもたらした結果は
私たちに、「人格」というものは「状況」や「環境」によって
いくらでも左右されるというものだということを警告してくれました。

確かに、身近なところでも、平社員のときは、とても謙虚だった人が
昇進を続けて権力を持っていくに従って
端から見た人格がまったく変貌していったという例を
何人か見てきたことも否定できません。

また、平和な今の時代では、人殺しが最悪の罪だということを
どんなに強く自覚していても、戦争という社会状況下におかれてしまうと
その価値観がまったく変貌していくことも
残念ながら否定することができないのは歴史が物語っています。

しかし、すべての人が、権力を持ったらおかしくなるわけではないし、
戦争という価値観が激変していく時代においても
戦争反対を唱えることができてきた人たちもいるのも事実です。

どんな状況の中でも、自分を見失わない方法は
やはり謙虚さなのかなと、私自身はそう感じます。

どんなに大きな権力を持ったとしても、
それは人を支配するために与えられた力ではないということ
また、自分のエゴを通すために、その力を使うのではないということを
常に忘れなければ、自分自身が権力に支配されてしまうなんていうことは
防ぐことができるのではないか、と思うわけです。

それと同時に、いつでも相手の痛みを感じることができる優しさ。

これは言うのは簡単だけど、状況や環境にこんなに簡単に流されてしまう
現実をみると、本当の強さとは、本当の優しさを持った人なのではないかと
この映画を思い出すたびに、つくづくと感じてしまうのでした。

この映画は、現実に起こったことだけに、ほんとに重く、
後味も相当に悪いものです。
しかし、人間の持つ残虐さや弱さというのは油断すれば、
誰にでも潜んでいる可能性を持っているものだと感じるので
これからの私たちがどうしたらこのような大きな過ちを犯さずにすむかを
考えるための大切な警告を与えてくれた映画だとも感じます。


追記
この実験で犠牲となってしまった方々のご冥福を心からお祈りします。
また、加害者の立場に立たれてしまった方々も
一日でも早く自分の犯した罪を認め
本当の意味での心の平安が訪れる日が来ることをお祈りします。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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オーラソーマの81番目のボトルを使いはじめてから
私と、私の身辺に、いろんな浄化が起こってきているように思います。
とくに、この81番のボトルは
性器のチャクラに関係が深いためか
情がらみの現象が起こっているような…。

もちろん、浄化の段階なので、いいことがあったとは
まだ言えないんですけどもね。

ただ、すごいなと思うのが
オーラソーマは、そのボトルが担当している箇所を
きちんと、しかも集中的に浄化してくれるということです。

しかも浄化が起こっているときは
ボトルのエネルギーが濁ってきているのが
ハッキリとわかるくらいに、
このボトルは、汚れを吸収してくれていました。

ボトルを浄化するための道具は
まだ、なにひとつ持っていないので
ボトルが汚れたと感じたときは、
水晶やダンシングシヴァの像などを飾っている棚に
一緒に一晩ほどおいておいたら
また透明な状態に戻ってはくれたのですが。

なんだか、私の汚れのせいで
ボトルにとても負担をかけさせてしまっているようで
申し訳ないなと思うと同時に
それだけのものを吸収できる力を持っていることにも
正直、驚きを感じています。

もしかしたらアロマと同様に
オーラソーマとも長いおつき合いになりそうな
そんな気もしているのです。


オーラソーマ関連の記事は↓になります。
オーラソーマ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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上野の東京美術館で行われている
古代エジプト展に行ってきました。

行ってみると思った以上に人が多くて
私のように密かに古代エジプトにあこがれ、思いを寄せている人って
けっこう多いのかなと感心させられたりもしました。

ただ、人が多いだけに、列を作って
展示品を鑑賞しなければいけなかったので
自分のペースで見ることができなかったのは残念でしたけども
こればっかりは仕方がありません。

また、いくら考古学の研究のためという名目があっても
人のお墓から勝手に持ってきたものを、
こんな風に見せ物的にやられたら
もしも、私自身がそのお墓の主だったら
気分が悪いだろうなという思いがありながらも
やはり、古代のエジプトの人たちの生活に
こうして触れる機会を持てたことはうれしかったりもしました。
(お墓の主さま、ほんとうにごめんなさい)

たくさんの展示品を見ていると
古代エジプトの人たちの生活の中には
とても自然な形で神々が存在していることが伝わってきて
それだけに庶民と言われている人たちの中にさえも
優しい波動を感じることができて気持ちがよかったです。

その中でも、もっとも強烈なエネルギーを感じたのは
「ジェドホルの石棺の蓋」でした。

それは、紀元前4世紀頃の末期王朝時代のものということで
一方の面には、天空の女神ヌトの姿が描かれ
もう一方の面にはエジプト文字がびっちり彫り込まれていました。

末期王朝時代でも、これだけの力強いエネルギーを
6000年たった今でも発し続けている、この棺の蓋を目の当たりにしてみると
古代エジプトの人たちの死後の世界に対する思いというものは
相当なものだったんだなと感じました。

それは、その展示会の他のところでの解説にあった
「古代エジプト人たちの生に対するすさまじいほどの執着から云々…」
というようなものでは決してなく
やはり古代エジプトの人たちは、死後の世界の何かを
ハッキリと感じ、ハッキリと見ることができていたのだろうと
そんな風に思いました。

実際のエジプトには一度も行ったことがない私にとっては
この古代エジプト展はとても充実したものに感じましたが
それだけに逆に、実際のピラミッドを自分の五感で感じたいと
そんな思いがこみ上げてきてしまって、ちょっと困ってしまっています。
(だって、ネコがいるから出かけられないのですよ)

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メインサイトの方で
8月24日からの運勢をアップしました。

「Thothの森」から「占星術の森」に入り
そこから今月の運勢にいってください。

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8月の夏の夕暮れの
散歩道です。

このあたりはミンミン蝉がとても多くて
どこに行っても大きな声で話をしないと
聞き取れないくらいでした。

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ファラオの呪いという言葉をよく耳にします。
これは1922年にツタンカーメン王のお墓を発見したときに
その関係者が次々と亡くなっていったことから
ファラオのお墓を暴いたことで呪いがかかった
というように言われているようです。

私はこの話を聞くたびに、ほんとに呪いなのかな
なんてことを考えます。
確かに、他のピラミッドの入り口あたりのところには
勝手に墓を暴いたものを呪う、というようなことも
書かれていることもあるらしいのです。
だから、呪いをかけようという意思もあったにはあったのかな
というようにも思うのですが
それよりも、私は、お墓を探し当てた関係者の方が
次々に亡くなっていったのは
もっと別の理由があるのでは、なんて漠然と考えることがあります。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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