
チベット仏教の本などを読んでいると
時折、その修行の危険性などが
書かれているものを目にすることがあります。
その使い方を誤ると、精神的や肉体的に
あまり良くない異変が起こることがあるということなのです。
それは、おそらくはチベット仏教に限らず、
霊的覚醒に対して力の持つものには
ついて回る危険性なのかもしれません。
深い意識に無防備に入っていったときに
そこにうごめいている、いろいろな想念を見つめることが
準備が出来ていない人にとっては
必ずしもいい結果をもたらすとは言えないからだというのが
ひとつの理由ではないかと思います。
そういう話を聞くと、そういったことに対処ができる
本当の心の強さというのは
どんなものなのだろうかと、やはり考えてしまいます。
あくまでも私自身の考えですが
ひとつには、「謙虚さ」というものが、
心の強さの大きな要因になるような気がしてなりません。
自分自身を過大評価もせず、かといって過小評価もせず、
ありのままの自分を受け入れるには
自分の心を謙虚に見つめる姿勢は
とても大切で、必要な事のような気がします。
謙虚に、自分自身をありのままに見つめることができれば、
自分の心の汚れと対面したときにだって
素直にそれも自分なのだと受け入れて、
そして次に、それを手放すことができるような気もしてきます。
謙虚に物事を見つめることができる柔軟さ、
そんな心の強さを
私自身、培っていきたいな、なんて、
そんな風に思ってしまいます。
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