過去の私との出会い

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数日ほど前のこと、いままで記憶から消え去っていた出来事を
ふとしたことで思い出したということがありました。
それは、私にとっては、あまりいい思い出ではなかったので、
無意識の意識が、意図的に表層の意識から
追い出していたのかもしれません。

でも、その記憶って、どこかとリンクするような、、、
なんて、考えてみると、夢で観た、
あるひとつの過去世で体験していた心の働きと、
同じような心が働いていたことを見つけてしまったのです。

その過去世での私は、目の前に立ちはだかっていた壁から
最後まで戦わずに逃げてしまったのです。
だから、今生に、その課題を持ち越すことになって、
そのために、同じようなことが起こっていたのかもしれません。

でも、今生も、その壁は越えられず、
しかも、記憶から消し去ってしまっていたなんて。。。

そんなことがあってから、第四チャクラである
ハートのチャクラが、しくしくしくしく痛んでいました。

なので、しばらくぶりに、他の作業はいったんやめて、
昨日、今日と、集中的に瞑想の時間をとってみました。

行っていたのは、チベットの瞑想法のひとつで
神々に、私にとって大切なものを供養していく瞑想です。
チベットの瞑想は、神々だけでなく
いろんな色と光を観想していくので、
私にとっては、とても大好きな瞑想です。

しばらく行っていると、胸のつかえみたいなものは
消えてはいないものの、
心は静かになり、気持ちよくなってきました。

でも、その静けさの中に、
あくまでも瞑想の中での出来事ですが、
うぅ、うぅ、と、泣いている声が聞こえてきました。

なので、その時行っていた瞑想がひと区切りしたところで、
今度は、その泣き声に集中してみることにしました。

すると、その声は、私の過去世の人の泣き声だったのです。
その生では、私は男性だったのですが、
いまよりも、泣き虫だったのかもしれません。

そして、いまの私が過去の私に声をかけてみました。
「どうしたの? なぜ泣いているの?」
と。すると
「私は大切な人を裏切ってしまった。。。」
と、過去の私は答えました。
その答えは、私自身でありながら、私にとっても、意外な答えでした。
いまの私は、過去の私が泣いている理由は、
やりたかったことをやり遂げられなくて
泣いていると思っていたからです。

過去の私は、こうも話していました。
「大切な人を裏切ってしまったばかりに、
あなたのことも、封印してしまった。。。」
過去の私が言っているあなたとは、いまの私のことです。
(ややこしくてすみません。。。)
そして、さらに、
「あなたが、そんなに無気力な状態で生きているのは、私のせいです。」
と、言ってきたのです。


長くなってしまったので、続きは、また次回に書きます。
といっても、うまくまとめられるかどうかわからないので、
続きをアップできるかどうかは不明ですが、できるだけ頑張ります。

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Comments 4

Gabrin  

NoTitle

いやーーー
続きが楽しみです

ひみかさんの話は相変わらずおもしろい!

2008/04/04 (Fri) 23:08 | EDIT | REPLY |   

sato  

大切な人

是非、続きが聞きたいですね。

チベットの瞑想って不思議ですよね
観想に蓮華や宝石、日本で言う梵字や色などを
使うのかなって?私も偉大なる師のもとで正しい瞑想法を
伝授してもらいたいですね。

封印してしまったのはカルマの法則によって封印したって
ことになるのでしょうか。

私のとって大切な人って考えてみると
やっぱり、師、ラマ、父なるグルですね。

緋彌華さんの過去生のやりとりを読んでいると
類魂説ってあるのかなぁって思っちゃいました。

2008/04/06 (Sun) 01:35 | EDIT | REPLY |   

緋彌華  

>Gabrinさん、お久しぶり♪

期待に添えられるような、おもしろい話になったかどうかは
不明ですが、なんとか、後半を書きましたv-22

2008/04/06 (Sun) 11:59 | EDIT | REPLY |   

緋彌華  

>satoさん、こんにちは♪

この話、瞑想の後にボーッとしているときに
うっかりの勢いでアップしてしまったので、
後半はどうごまかそうか悩んでいたのですが、
satoさんのコメントで、真面目にアップしてしまいました。

封印してしまったという意味は、後半の本文に
入れてみたのですが、理解できましたでしょうか。

類魂説という言葉は、初めて聞いたので、
検索して読んでみたのですが、難しいですね。
真我そのものが水のようなもので、すべてがひとつにもなるし、
一滴、一滴が別々の存在にもなると聞いたことがあります。
それでも、肉体というものがあれば、その真我の境界線は
とてもわかりやすい状態ではあると思うのですが、
その身体が微細になればなるほどに、自分という境界線、
すなわち、どこまでが、自分の真我なのかという境が
とても曖昧になってくる感じがします。
変化身とかの、肉体とは別の自分の身体もありますしね。
それは、すべて自分の魂のはずだけど、
別の次元で暮らしていたりもするし。。。
そんな風に考えると、類魂説っていうのも、あるのかもしれないけど。。。
でも、そんな考えまで持ち込むと、さらに話がややこしくなるしで、
よくわからなくなってしまいました。(^_^;)
必要性を感じたら考えてみる課題とします。

2008/04/06 (Sun) 12:18 | EDIT | REPLY |   

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