
前回の日記に摩訶不思議な出来事なんてものを
書いたのですが、そんなことから、昨日の朝くらいに
子供時代にあった、ある出来事を思い出しました。
皆さんは、ユリ・ゲラーという人をご存じでしょうか。
超能力でスプーン曲げというものを初めてやった人です。
歳がすっかりばれてしまいますが、
ユリ・ゲラーが初めて日本に来てスプーン曲げをテレビでやったとき、
私は小学生でした。
その特番では、スプーン曲げをやって見せてくれた後に、
テレビカメラを通して、ユリ・ゲラーがパワーを送るので、
視聴者の人もスプーン曲げをやってみてくれという
コーナーがあったのです。
小学生だった私は、急いで台所からスプーンを持ってきて
言われたとおりにスプーンをなでていたら、
少しずつスプーンが反ってきたのです。
嬉しくなって、少し後ろに反ったスプーンを父親に見せたところ、
父親には、「もともと、曲がってたんじゃないか?」
と言われてしまいました。
でも、そんなことではめげることがなかった子供時代の私は、
今度は、壊れた時計はないかと父に聞いてみました。
テレビの特集では、スプーンを曲げる以外にも
壊れた時計も直せると言っていたからです。
すると、物持ちの良い父は、タンスの奥から、2〜3年前に壊れて、
修理に出しても動かなかったという時計を出してきて、
「直せるか?」とニヤニヤして聞いてきました。
そこで私が、その時計を握りしめて数秒ほどすると、
今度は、その時計がチクタクチクタクと動き出してきました。
またまた嬉しくなって、直った時計を父親に見せてみると、
「そういうことも、たまにはある。偶然や。」
と、言われてしまいました。
それでも、めげることのなかった子供時代の私は、
目の前にあった、自転車のカギを手にとって、
「これが曲がったら信じる?」
と父親に言いました。すると、父親は
「そうやな。」
と言ったので、今度は必死になって、自転車のカギを握りしめて
思念をはじめたのです。
すると、カギの端っこが微妙に曲がってきました。
それで、また嬉しくなって、それを父親に見せると、今度は、
「自転車のカギは大事や。壊すな。」
と言われてしまいました。
これらのことは全部、ユリ・ゲラーが思念を送っている間に
起こった出来事だったので、けっこう長い時間に渡って
思念を送り続けていたのかもしれません。
テレビでも、
「全国の子供たちから続々とスプーンが曲がった等の報告を受けております。」
と司会者の人が言っていました。
その時の私は、それが当たり前の事として受け取っていたのです。
次の日に学校に行ってみると、やはり、その話題で持ちきりです。
でも、話を聞いていると、スプーンが曲がったという子が、
クラスに、もう一人くらいいたような気がしますが、
ほとんどの子が曲がらなかったと聞いて、
私は逆にそちらの方が意外に思ってしまったことを覚えています。
そして、少し後になって、家で、後ろに反ったスプーンを使って
料理を食べてみると、そのスプーンが、なんだか使いにくくなっていて、
それが余計に居心地の悪さを感じることになってしまったのです。
そのため、それからは、また頑張ってなにかを曲げてみようなんて思うこともなく、
そんな出来事は、もうほとんど思い出すことはなくなっていました。
ただ、その時に、子供心に、
スプーンが曲がらなかった子と、私自身を比べて感じたことは、
私は、ユリ・ゲラーに対して、疑うという気持ちが微塵もなかったということでした。
テレビを観ていて、「あ、こうやってスプーンって曲げるんだ〜♪♪」
なんて、純粋に考えてしまい、後で他の子に、
「だからおまえはアホなんや。」と言われてしまうぐらいでした。
その時、ユリ・ゲラーが教えてくれたことは、
できないということは、その人自身の心が作っている観念によって
できなくしているだけであって、
その観念を深い意識から取り払ってしまうことができれば、
できない事なんて、ない、ということでした。
もっとも、その時は子供だったので、こんな難しい言葉遣いで
考えたわけではないのですが、
今の言葉に要約すると、そんなことを感じたことは確かです。
でも、大人になるに従って、そんなに簡単になんでも信じ込んでいると、
周りから、頭が少し足りないんじゃないかと言われることも多々あったり、
逆に、私からみると、この人、嘘をついているのに、と思う人に対して、
他の人が盲信しているのを見ると、
今まで頭が足りないと言われたことが
痛切に身に染みてしまうなんてこともあって、
子供の時のように、なにかを純粋に信じ込むということが
なくなっていたように思います。
そして、それが自分の壁を作っている結果になっていた。。。
そんなことを、先日の摩訶不思議な出来事で思い出すことができたのです。
これはできるけど、あれはできない、
そんな限界を作っているのは、自分自身の心。
たったそれだけの事に気づくことが、真の叡智に繋がっていくのだと、
そんなことを、あの出来事によって、
41番の叡智のボトルは教えてくれたような気がします。
ここまで読んでいただいてありがとうございます♪
ついでに、ポチッ、ポチッと応援していただけると嬉しいです。

超能力でスプーン曲げというものを初めてやった人です。
歳がすっかりばれてしまいますが、
ユリ・ゲラーが初めて日本に来てスプーン曲げをテレビでやったとき、
私は小学生でした。
その特番では、スプーン曲げをやって見せてくれた後に、
テレビカメラを通して、ユリ・ゲラーがパワーを送るので、
視聴者の人もスプーン曲げをやってみてくれという
コーナーがあったのです。
小学生だった私は、急いで台所からスプーンを持ってきて
言われたとおりにスプーンをなでていたら、
少しずつスプーンが反ってきたのです。
嬉しくなって、少し後ろに反ったスプーンを父親に見せたところ、
父親には、「もともと、曲がってたんじゃないか?」
と言われてしまいました。
でも、そんなことではめげることがなかった子供時代の私は、
今度は、壊れた時計はないかと父に聞いてみました。
テレビの特集では、スプーンを曲げる以外にも
壊れた時計も直せると言っていたからです。
すると、物持ちの良い父は、タンスの奥から、2〜3年前に壊れて、
修理に出しても動かなかったという時計を出してきて、
「直せるか?」とニヤニヤして聞いてきました。
そこで私が、その時計を握りしめて数秒ほどすると、
今度は、その時計がチクタクチクタクと動き出してきました。
またまた嬉しくなって、直った時計を父親に見せてみると、
「そういうことも、たまにはある。偶然や。」
と、言われてしまいました。
それでも、めげることのなかった子供時代の私は、
目の前にあった、自転車のカギを手にとって、
「これが曲がったら信じる?」
と父親に言いました。すると、父親は
「そうやな。」
と言ったので、今度は必死になって、自転車のカギを握りしめて
思念をはじめたのです。
すると、カギの端っこが微妙に曲がってきました。
それで、また嬉しくなって、それを父親に見せると、今度は、
「自転車のカギは大事や。壊すな。」
と言われてしまいました。
これらのことは全部、ユリ・ゲラーが思念を送っている間に
起こった出来事だったので、けっこう長い時間に渡って
思念を送り続けていたのかもしれません。
テレビでも、
「全国の子供たちから続々とスプーンが曲がった等の報告を受けております。」
と司会者の人が言っていました。
その時の私は、それが当たり前の事として受け取っていたのです。
次の日に学校に行ってみると、やはり、その話題で持ちきりです。
でも、話を聞いていると、スプーンが曲がったという子が、
クラスに、もう一人くらいいたような気がしますが、
ほとんどの子が曲がらなかったと聞いて、
私は逆にそちらの方が意外に思ってしまったことを覚えています。
そして、少し後になって、家で、後ろに反ったスプーンを使って
料理を食べてみると、そのスプーンが、なんだか使いにくくなっていて、
それが余計に居心地の悪さを感じることになってしまったのです。
そのため、それからは、また頑張ってなにかを曲げてみようなんて思うこともなく、
そんな出来事は、もうほとんど思い出すことはなくなっていました。
ただ、その時に、子供心に、
スプーンが曲がらなかった子と、私自身を比べて感じたことは、
私は、ユリ・ゲラーに対して、疑うという気持ちが微塵もなかったということでした。
テレビを観ていて、「あ、こうやってスプーンって曲げるんだ〜♪♪」
なんて、純粋に考えてしまい、後で他の子に、
「だからおまえはアホなんや。」と言われてしまうぐらいでした。
その時、ユリ・ゲラーが教えてくれたことは、
できないということは、その人自身の心が作っている観念によって
できなくしているだけであって、
その観念を深い意識から取り払ってしまうことができれば、
できない事なんて、ない、ということでした。
もっとも、その時は子供だったので、こんな難しい言葉遣いで
考えたわけではないのですが、
今の言葉に要約すると、そんなことを感じたことは確かです。
でも、大人になるに従って、そんなに簡単になんでも信じ込んでいると、
周りから、頭が少し足りないんじゃないかと言われることも多々あったり、
逆に、私からみると、この人、嘘をついているのに、と思う人に対して、
他の人が盲信しているのを見ると、
今まで頭が足りないと言われたことが
痛切に身に染みてしまうなんてこともあって、
子供の時のように、なにかを純粋に信じ込むということが
なくなっていたように思います。
そして、それが自分の壁を作っている結果になっていた。。。
そんなことを、先日の摩訶不思議な出来事で思い出すことができたのです。
これはできるけど、あれはできない、
そんな限界を作っているのは、自分自身の心。
たったそれだけの事に気づくことが、真の叡智に繋がっていくのだと、
そんなことを、あの出来事によって、
41番の叡智のボトルは教えてくれたような気がします。
ここまで読んでいただいてありがとうございます♪
ついでに、ポチッ、ポチッと応援していただけると嬉しいです。
Comment
今日の写真、すがすがしくて、見ていて気持ちいいです。
あのビンは、その後、あのままですか?
ヒビでてません?
きっと何か伝えたかったんですね。
あのビンは、その後、あのままですか?
ヒビでてません?
きっと何か伝えたかったんですね。
不思議なガラスビン 2008.08.04 Mon 01:19 [Edit]
心が現象を作り出してるってことですね。
変な言い方ですが、思い込みの力によって
良くも悪くも出来事が起こるのかもしれないですね。
変な言い方ですが、思い込みの力によって
良くも悪くも出来事が起こるのかもしれないですね。
観念崩壊 2008.08.04 Mon 02:02 [Edit]
>yakkoたん
写真、清々しいと感じてもらえて、嬉しいです♪
ありがとうございます。^^
あのビンは、あのときに水を入れたそのままです。
ヒビは、全く跡形もなく、いまだに水も漏れていません。
不思議ですよね。
41番のボトルからのメッセージ、
大切にしたいと思います♪
写真、清々しいと感じてもらえて、嬉しいです♪
ありがとうございます。^^
あのビンは、あのときに水を入れたそのままです。
ヒビは、全く跡形もなく、いまだに水も漏れていません。
不思議ですよね。
41番のボトルからのメッセージ、
大切にしたいと思います♪
>yakkoさん、こんにちは♪ 2008.08.04 Mon 10:33 [Edit]
>satoさん
>変な言い方ですが、思い込みの力によって
>良くも悪くも出来事が起こるのかもしれないですね。
そうですよね。
スプーンを曲げるというのも、ある意味、
破壊活動のようなものですものね。^^;
心を透明にして、余計なものは手放して、
現象がプラスに働くようになりたいものですね。
>変な言い方ですが、思い込みの力によって
>良くも悪くも出来事が起こるのかもしれないですね。
そうですよね。
スプーンを曲げるというのも、ある意味、
破壊活動のようなものですものね。^^;
心を透明にして、余計なものは手放して、
現象がプラスに働くようになりたいものですね。
>satoさん、こんにちは♪ 2008.08.04 Mon 10:35 [Edit]
>アトランティスさん、お久しぶりです。
心の壁が、全部取り払われていった状態って、
想像するだけでも、軽やかになれますね♪
心の壁が、全部取り払われていった状態って、
想像するだけでも、軽やかになれますね♪
>アトランティスさん 2008.08.07 Thu 13:21 [Edit]
なるほど、ほんとにそうですねぇ〜。
私は疑ってしまう派ですね(笑
できることを疑うというより
「私には」できないと思ってしまいます。
この壁は一生乗り越えようとし続けるであろう
大きな壁です♪
私は疑ってしまう派ですね(笑
できることを疑うというより
「私には」できないと思ってしまいます。
この壁は一生乗り越えようとし続けるであろう
大きな壁です♪
2008.08.18 Mon 21:17 [Edit]
>oniccoさん
コメント、ありがとうございます♪
いまの私も、疑う派になると思います。(笑)
あのとき、スプーンを曲げることができたのは
子供限定だったように思います。
その時にスプーンを曲げることができた子供が
大人になってもスプーンを曲げることができているという話は
聞いたことがありますが、
その時、大人だった人ができたという話は聞いたことがないですものね。
子供の、こだわりのなさって、やっぱりすごいなって
今更ながら感じます♪
コメント、ありがとうございます♪
いまの私も、疑う派になると思います。(笑)
あのとき、スプーンを曲げることができたのは
子供限定だったように思います。
その時にスプーンを曲げることができた子供が
大人になってもスプーンを曲げることができているという話は
聞いたことがありますが、
その時、大人だった人ができたという話は聞いたことがないですものね。
子供の、こだわりのなさって、やっぱりすごいなって
今更ながら感じます♪
>oniccoさん、こんにちは♪ 2008.08.19 Tue 11:02 [Edit]
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