時間と変化 -今日の夢より-

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つい先日、久しぶりにトートのタロットを手に取ってみました。
そして、スリーカードと言って、質問に対して、
3枚のカードを引くやり方で、自分の状態を聞いてみました。

すると、その3枚ともが、またまた変化や変容を表すカードばかりが。。。
その中の1枚は、円盤の王女だったので、
悪い方向に行くわけではないと感じたものの、
もう1枚が、死に神のカードです。

ただ、普段、人に対してタロットを行うときは、
死に神のカードが出たとしても、
そこには良いとか悪いとかという意味はなく、
ただ、変容のときが来ている、としか解釈はしません。

でも、自分だと、なんとなく心配になってしまいました。

これが、よく、タロットを行ったとき、
人のことは当たるけど、自分のことだと当たらなくなる、
と言う人が多い、その理由のひとつで、
こんな風に、自分に対してだと、冷静さに欠け、
過剰に反応してしまうために、
解釈の判断を誤まってしまうんだなと感じます。

そこで、これもまた久しぶりに、
このタロットの、死に神のカードを眠る前にしっかり見つめ、
そして、このカードにまつわる夢を見て、
それを通して、このカードの本質の意味を見るということを
やってみることにしました。

そうして見た夢は、輪廻転生の夢でした。
本当に、死に神のカードの意味、そのまんまですね。(笑)

夢の中では、最初は私は男性でした。
大昔の中国の時代で、それまでも、
その生のイメージは見ていたことがあったのですが、
今日は、もっとハッキリと見ることができました。

戦いの生ではあったものの、私の輪廻転生の中では、
私の魂が、もっとも気に入っている生のひとつなのかもしれないと、
今日の夢では、そんな印象まで受けました。

そうして、その夢の中で、その後に私は、
今度は女性へと生まれ変わっていきました。

もちろん、その途中にも、いろいろな生はあるものの、
今日の夢では、そこは省略のようでした。(笑)

女性になると、男性だった生のときと、同じ状況が起こったとしても、
自分自身の反応が違ってくるのだということを、
その後、夢の中でいろいろあって、理解することができたのです。

男性のときは、生きている上で、いろんな局面に立たされたとき、
やはり、まずは、その問題の本質を冷静に、
それはある意味、女性の私から見ると、冷ややかすぎるほど冷静に見つめ、
そうして対処していくというやり方をとっていました。

しかし、それが、肉体が女性に変わってくると、
その問題の本質を見るとか見ないとか以前に、
まずは、感情や感覚というものが、先に反応してしまうのですね。

魂は同じでも、肉体というカルマに支配されるという感覚を、
今日の夢では、嫌というほど味わうことができました。

肉体のカルマ、という言い方が分かりにくければ、
その肉体の持つ特質というようなものに、
多かれ少なかれ、魂は支配されていくのだと、
そんな印象を受けたと、考えてもらえればいいかと思います。

女性は、やはり、受容性というものや、
感じるということに優れていると思ったのですが、
でも、それが受け入れられるのは、現代の日本のように平和な時代だからこそ、
そういった部分を見直すことができるんだなと、
そんなことも感じました。

多くの時代は、人々は戦いに明けくれたり、
そうでなくても、生きていくことそのものが過酷だったりします。

そういう時代では、女性の感情や感覚的なものは、
内助の功としての、補助としては、なくてはならないものだけれど、
矢面に立って頑張るには、やはり、どうしても男性性の持つ、
冷静な論理性の方が、生きていく上では有利だなと。

だから、どうしても、平和な時代より、大変な時代の方が
今までには多かったからこそ、
社会的に有利なのは男性で、女性は虐げられるしかなかったのかなと、
そんなことも、今日の夢で感じました。

もっとも、虐げられるといっても、
どんな時代でも、それぞれの家庭の中で、旦那さまに愛されて、
奥様自身も、自分の立場をわきまえ、それを受け入れてさえいれば、
虐げられたという感覚はないだろうな、とは思いますが。。。^^;

……と、死に神のカードから、
話がどんどん膨らんだというか、別の方向に行ったというか。。。

ということで、死に神のカードに対しての、この夢からの解釈は、
やはり、このカードが良いとか悪いとかの意味を持つことはなく、
ただ、時間は流れ、物事は変化していくということが、
そこには存在しているのだと感じます。

そして、それは、死に神のカードの意味というよりも、
『死』というものの意味そのものが、そういうことなのかなと。。。

『死』そのものにさえも、良いとか悪いとかいうものはなく、
時間と変化を表している、その最たる象徴でしかないのかもしれません。

と、そんなことを、今日の夢から感じていたりしました。



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Comments 2

江利  

女性であるときと男性であるときの、自分自身の反応の違い。
とても興味深い話ですね!

男性だった自分の記憶はないので、知らない(覚えていない)のですが、今は感覚・感情といったことで生きているような(うまく説明できませんが)気がとてもしています。

男と女はわかりあえない、というのもこういった肉体の持つ特質が違うからなのでしょうね。

2010/02/11 (Thu) 23:01 | EDIT | REPLY |   

緋彌華  

>江利さん、こんにちは♪

いつもコメントを残していただいて、ありがとうございます。^^

夢を覚えていられるかどうかは、その夢の中の意識と、起きているときの意識が、
どれだけ近いかによるのでは?というのが私の持論なのですが、
この記事は、夢を忘れないうちにと、急いで書いたものでした。
なので、翌日になったいま現在は、男性だったときの意識の記憶が、
かなり曖昧になってしまっています。
それだけ、同じ魂なのに、男女の意識というのは違うものかと、つくづく思っています。
夢の中でさえも、自分の男性のときのことを、冷たい!と感じてましたからね。^^;

でも、この夢のおかげで、また、男性に生まれるのもいいかな、なんて、
やっと思えるようになってきたのも事実なので、
こんな夢を見ることができたことを感謝したいと思います♪

2010/02/12 (Fri) 13:15 | EDIT | REPLY |   

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