今日は仏教のお話です

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仏教には、カルマという教えがあります。

時々、カルマというと、何か迷信じみたもののように
感じている人もいるようですが、
実際には、カルマというものは、何か物事が起こる時には
必ずその原因があり、それが条件が揃ったことによって結果が訪れるという、
とても科学的な考え方と言えそうです。

それは、何らかの病気に当てはめて考えてもわかりやすいかもしれません。

何かの病気にかかったとき、現代では、そのすべての病の原因を
科学的にハッキリと解明できているとは言えませんが、
しかし、必ず、その病気になる原因というものは存在しているいえます。

もちろん、その原因は、物理的なものや心理的なものであったりと様々です。

そういった、原因と結果という考え方に基づいてみると、
仏教の教えの中には、病を始めとした悪い現象が起こる原因を
とても効率的に防ごうとしている教えがあります。
それは、十戒と言われる戒律がそれに当てはまります。

まず、十戒というのは下記の十個の戒めのことです。

「不殺生」… 生き物を殺さない
「不偸盗」… 盗みをしない
「不邪淫」… 一切の性欲を絶つ(出家の場合)
        在家の場合は、愛のないセックスをしない
「不妄語」… 嘘をつかない
「不綺語」… 不必要な言葉を語らない
「不悪口」… 悪口を言わない
「不両舌」… 人と人を仲違いさせるようなことは語らない
「不貪欲」… 貪らない
「不瞋恚」… 怒らない
「不邪見」… 正法を否定しない

これだけを見て、その本当の意味合いを無視してしまうと、
無駄に自分自身を束縛するもののように感じるだけの人もいるかもしれません。

しかし、この中の、たとえば「不殺生」の戒を徹底的に守るだけで
身体に感じる痛みというものは、消えていくはずです。
もちろん、不殺生の中には、虫一匹も殺さないことも含む必要はありそうですが。

自分自身の体の痛みは、たとえば、虫をも含む他者に対して、
痛みを与えたことによって、その対象の痛みが自分に返ってきているということです。

それは、言い方を変えれば、対象を痛めつけても自分さえ良ければかまわない
といったような怒りや冷酷さのようなものが、
相手のみならず、自分自身をも痛めつける結果につながっているとも言えそうです。

さらに仏教には、輪廻転生という考え方も存在しています。

死んだら終わりではなく、肉体が滅びても、魂は
地獄、餓鬼、動物、人間、阿修羅、天界という六つの世界を、
そのカルマに応じて輪廻しているというものです。

この中では、地獄、餓鬼、動物という三つの世界は
三悪趣と呼ばれて、人間の世界に比べても苦しみが多い世界と言われています。

動物の世界を見てみても、ペットとして人に飼われている動物は、
なんだか呑気に見える生き物も多いのですが、
いったん、野生の動物の生態を見つめてみると、
その過酷さには、ため息が出るばかりです。

そういった動物の世界を始めとした、三つの悪趣の世界に
転生する原因となるものが、先ほどの十戒には含まれており、
この十戒を徹底的に守るだけで、
少なくとも三悪趣に生まれ変わる因を作らないことにつながるわけです。

そして、次にどんな世界へと転生するかということは、
いま、生きているこの肉体の様子を見ても、
ある程度、理解することができることも少なくありません。

たとえば、無知が強く、考える力や記憶する力が相当に弱っている場合は、
それは、動物のカルマが人間の肉体を持ったまま現れているとも言え、
そのカルマを引きずったまま肉体を離れた場合は、
動物に転生する可能性を否定することはできません。

また、先ほども書いたように、体に痛みを伴ったまま
肉体から意識が離れた場合は、
体の痛みは地獄のカルマを現すため、
地獄に転生する可能性を否定することができません。

もちろん、どんな状態であっても、
それは、自分自身が成してきたことによって、
このような現象が起こっていると謙虚に理解し、
それを受け入れることができた場合には、
速やかに、そのカルマを落とすことができることもあり、
そのカルマが落ちた時点で肉体を離れれば、
その魂は、高い世界へと転生できる可能性も存在しています。


と、今日は思いつくままに、仏教の話を元に書いてみました。

父が亡くなって、遺品の整理は、ほとんど私ひとりで行ったのですが、
その中に、父が年老いてから始めた習字の練習の紙が幾つもの箱に入っていました。
そして、その筆で書かれた内容を見てみると
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり…、」
から始まる平家物語の冒頭の文の原文が長々と書かれていたり、
阿弥陀経かなにかと思うのですが、
仏教の経典を、丁寧に写経していたりというものが幾つもあったのです。

逆に、残っていたものは、そういった仏教につながるものばかりだったとも言えました。

それを見ていると、父が生きている間に、
もっと仏教について二人でゆっくり話をしておけば良かったなぁ
なんて考えることが多くなり、
今回は、とりあえず、こういった内容の記事になったしだいです。





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