『イグアナの娘』から…その2

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親のトラウマは子供に伝播するといいます。
それは、いろんな形で、子供へと伝わってしまうもののようです。

私の母も、ある大きなトラウマを抱えていました。

母は再婚で、前の夫とは死別でした。
そのとき、二人の間には息子を授かっていたのですが、
前夫が亡くなった後、母と息子は実家に帰って暮らしていたそうです。

しかし、嫁いだ先は、いわゆる名家で、しかも前夫はひとり息子でした。
そのため、母の夫であった人が亡くなってしまうと
その家の跡取りがいなくなってしまったという状態になったのです。

そのため、実家に帰っていた母が、たまたま子供を実家において出掛けているときに、
嫁ぎ先の親御さん達がやってきて、さらうようにして、
母の息子を連れて行ってしまったと、よく母は涙を流しながら話していました。

そして、そんなことがあってから数年の後に、私の父と再婚したようです。

そんなせいか、娘である私が生まれた後に、弟が生まれたとき、
奪われた前の夫との間にできた息子の変わりもあってか、
弟への溺愛が始まってしまったようです。
おまけに子供のときの弟は、色白で、本当に愛くるしい容姿をしていたので、
母の溺愛に余計に拍車をかけてしまったように感じます。

弟が生まれたのは、私が2歳半のときでしたが、
それまでは、私の記憶では、母と私の関係はとても良好だったと思います。
実際に、それまでの写真を見ると、私をおぶっている母は、
とても幸せそうに微笑んでいました。

弟が生まれたときのことは、どうしても思い出せないものの、
弟が生まれてから、私と母の関係はぎくしゃくしてきたように思います。

おそらくは、先ほど書いた母のトラウマのせいで、弟を溺愛してしまった母は、
私と弟がケンカをすると、事情も何も聞かずに、常にいきなり私を叱りつけ、
弟には「かわいそうに」と言いながら抱きかかえていました。

そんなことが繰り返されると、私は母にはだんだんと懐かなくなり、
いつも父の帰りばかりを待つようになっていました。

それもまた、母からすれば「薄情な娘」としてうつってしまったようで、
いつも、「おまえは薄情な子だから」と繰り返し言われるようになってしまいました。

そんな風に、負のスパイラルが繰り返されていくうちに
私が思春期になった頃には、母と娘の関係の悪さは完成されてしまったように思います。

その頃の写真を見ると、私と母の二人で撮った写真でさえ
二人の間には数センチほどの距離があるうえ、
二人ともの表情が険しいものが多いように思います。

そんな関係は大人になっても続きました。
私は、高校を卒業してから家を出て、
家にはあまり帰らない状態が続いていました。

ただ、当時は、母との関係が悪かったことに対して、
何が原因だったのかということは考えたことがありませんでした。

それを考え始めたのは、やはり瞑想を始めてからで、
前回の記事の中でも書いたように、その瞑想の中で、
本当は母に対する愛情欲求の裏返しで、母を恨んでいたことを理解してくると、
今度は、その母の態度の裏側にあるものが
いったい何だったのかを考えるようになりました。

すると母の方も、私と同じように、いろんなことに対する愛情欲求の裏返しで
私にぶつかってくることが多かったことが理解できてきたのでした。

人との関係性を良くしていこうと思っているときに行っていくべきことは、
まずは自分自身を理解していくこと、
そして、対象である相手を理解していくこと、
そんなことが、本当に欠かせないのではないかと思います。

萩尾望都さん原作の『イグアナの娘』でも
最後に主人公が自分の母の何かを理解できたように感じたとき
浄化が起こったのでした。
その辺の萩尾さんの心の機微の描き方は
イグアナという比喩を使いながら、本当に上手だなと感心してしまいます。

さて、話をまた私のことに戻します。

そして、母への理解は、皮肉にも母が認知症という病気になって
さらに深まっていったのでした。

と、なんだか、萩尾望都さんの『イグアナの娘』を盾にして、
さんざん自分のことを書いていますが、タイトルこのまんまでいいかなぁ。

途中でタイトルが変わるかもしれませんが、
これに懲りず、母の方の浄化が起こるまでのプロセスを
続きで書きたいと思います。


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イグアナの娘



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